20080520
◇某ペーパー文書（一部改変）
1.1 建築計画における行動モニタリング�� −人間の歩行行動モニタリング−
空間の利用状態や人間の動線を捉えることは、建築計画分野の研究において基礎となる重要な情報であるにも関わらず、それらを高精度に捉える技術はこれまでに存在しなかった。この問題を解決するために、申請者は近年技術的に発達したRFID技術を応用して「スリッパ型RFIDリーダ」を作製し、これを用いた行動モニタリング手法を開発した。この技術は、「スリッパ型RFIDリーダ」を装着した人間が床面にRFIDタグの敷設された空間を歩くことで歩行軌跡を取得する方式を採用した。これは歩行行動を精度良くとらえることを可能にしただけでなく、リアルタイムなデータ取得や観察対象者の個人識別も実現した技術となった。
現在は、申請者らが設計した、床下にRFIDタグを敷設した実験住宅において実証実験が行われている。実証実験では、(1)得られたデータによる歩行行動の追跡精度の検証、(2)観測対象者の行動特性に関する分析、(3)行動モニタリングに基づいた住空間サービスの検討、が行われている。特に3点目については、生活空間における「安全・安心」の実現を含めた、高度な情報サービスの実現を目指した「ユビキタスコンピューティング社会」のイメージ1) と合致するものであり、技術の商品化も同時に検討している。
1）総務省：「u-Japan政策」, http://www.soumu.go.jp/menu_02/ict/u-japan/, (参照2008-5-20)
1.2 建築計画における行動モニタリング�� −人間のモノとの接触動作モニタリング−
RFID技術の成熟により、日常生活の様々な場面でこれを応用した製品が登場している。その中でも申請者が注目した「指輪型RFIDリーダ」を用いることで、人間がモノと触れる場面を断続的にモニタリングすることができるようになった。1.1項では「スリッパ型RFIDリーダ」によって「歩行行動」をモニタリングしたが、さらに「接触動作」をモニタリングすることが可能になったことで、行動モニタリングによって得られる情報が広がった。
現在は、「指輪型RFIDリーダ」を用いて接触動作モニタリングの実現性を実証的に確かめている。実際の住空間に置かれた200種類ほどのモノにRFIDタグを貼付し、被験者が「指輪型RFIDリーダ」を装着して生活することで、人間とモノとの接触場面をモニタリングしている。触れたモノの履歴やパターンの分析によって、被験者の生活習慣に対してそれぞれのモノがどのような立場にあり、どのような役割を担っているか分析をおこなっている。室内に配置された人間とモノとの関係性の結果としての行動を評価することによって、モノの配置計画による空間設計理論を構築することを目指している。
1.3 ネットワーク理論を用いた人間行動分析
「ネットワーク理論」が近年めざましい発展を遂げ、そこで得られた知見は社会学、医学、生物学、生態学、脳科学、経済学など様々な分野で応用されている。「ゆらぎ」や「スケールフリー」「スモールワールド」「相転移」といった性質は、複雑なネットワーク構造を持つ関係を観察する上で欠かせないキーワードとなった2)。
申請者はネットワーク理論の知見を建築計画学に応用するために、移動する人間の場所や接触するモノへのフォーカスの移り変わりをネットワーク上の動きとして捉え、これをネットワーク理論の知見を用いて分析することを試みている。つまり、空間内の場所やモノをノード（結節点）とし、ノード間の遷移をリンク（紐帯）と見なしたネットワークを分析することで、人間の様々な行動をネットワークという切り口で定量的に評価することが可能になった。
2）Reka Albert and Albert-Laszlo Barabasi：「Statistical Mechanics of Complex Networks」, Review of Modern Physics, Vol.74, January 2002, 47-97
2.1歩行行動モニタリングに関する研究経過、及び結果
この研究分野に該当する研究業績は文献3、4、5、7、8、9である。いずれの研究も、企画立案、実験の実施、機材の開発・調達、プログラムの作成、データ分析を申請者が行った。
・結果１）屋内における歩行行動モニタリング手法として「スリッパ型RFIDリーダ」を開発した
・結果２）既存技術にない性能である個人識別、リアルタイムなデータ取得、多人数同時識別を実現した
・結果３）追跡精度の検証実験と技術的改良を行い、実際の歩行距離に対し約80%の再現精度を得た
・結果４）床下にRFIDタグを敷設した実験住宅において歩行行動モニタリングの実証実験を行い、行動モニタリング技術としての有効性を実証的に確かめた
・結果５）歩行行動を (1)ポテンシャルマップ形式、(2)ゾーン間の遷移確率表、(3)歩行動線形式、の3種類の方法で表現するためのプログラムを開発した
現時点において、「スリッパ型RFIDリーダ」は歩行行動モニタリング手法としてほぼ完成されたと考えている。今後は実証実験により得られたデータを1.3項で述べたネットワーク理論に基づく手法で分析を行い、行動特性についての考察を行ってゆく。
2.2 接触動作モニタリングに関する研究経過、及び結果
この研究分野に該当する研究業績は文献6、10、11、12である。いずれの研究も、企画立案、機材の開発・調達、プログラムの作成、データ分析を申請者が行った。
・結果１）接触場面をモニタリングする手法として、「指輪型RFIDリーダ」の有効性を確かめた
・結果２）読み取ったRFIDタグの情報から、モノをノード（結節点）、接触動作の遷移履歴をリンク（紐帯）とするネットワーク図を作成するプログラムを開発した
・結果３）ネットワーク分析により得られた評価指数（次数中心性・媒介中心性など）を元のネットワーク図に重ねて可視化することで、人間とモノとの関係性の重要度から見た空間評価を行った
・結果４）住宅内のしつらえを実験的に変化させたとき、接触動作ネットワークとその評価指数がどのように変化するか検証を行った
現時点において、接触動作モニタリングに関する研究は端緒についたばかりであり、行動モニタリング手法としての実用性の検証やネットワークの分析手法に関する検討を行っている段階である。今後は人間とモノとの接触行動モデルを構築し、これに基づいた行動シミュレーションによって、モノの配置計画からみた空間評価を行ってゆく。
2.3 ネットワーク理論に基づいた行動分析に関する研究成果
この研究分野に該当する研究業績で、発表済みのものは文献6である。企画立案、機材の開発・調達、プログラムの作成、実験の実施、データ分析を申請者が行った。
・結果１）住宅内での歩行行動と接触動作について、行動モニタリング技術を応用してこれを捉え、ネットワーク図として可視化する手法を得た
・結果２）住宅内での歩行行動モニタリング結果によると、ノード間の移動に要する歩行時間の分布がベキ乗則に従うことが示唆された
・結果３）接触動作ネットワークの評価指数を比較することで、家族内での役割の違いや行動パターンの違いを定量的に判断することが可能になった
現時点において、歩行行動と接触動作のネットワークからいくつかの評価指数を算出し、定量的に比較する段階まで研究が進められている。今後は評価指数の比較方法について検討を行ってゆく。
3.1 社会的な背景
ユビキタス技術の発達や社会イメージの浸透により、ユビキタスサービスの根幹となる「状況理解（コンテクストアウェア）」を実現するための行動モニタリング技術がこれまで以上に求められるようになった。また、タスク空調制御システムの開発、空間利用者の行動評価に基づいたリノベーション、空間サービスや空間演出、自律型ロボットとの共生環境構築といった目的のために、行動モニタリング技術は建築分野においても求められはじめている3)。
3) 総務省：「技術戦略マップ2008 人間生活技術分野」, http://www.nedo.go.jp/roadmap/2008/soft1.pdf, (参照2008-5-20)
3.2 技術的な背景
社会からの要望が高まる一方、すべての要求に応えられる行動モニタリング技術は現時点では存在しないと考えられる。高精度であるだけでなく、個人識別が可能で、プライバシーを保ち、デバイスの利用負担が軽く、なるべく自然な動作の中から情報を取得し、同時に複数人のモニタリングが可能、といった技術はまだ登場していない4)。申請者が用いている手法も、バッテリーの問題やデバイスの利用負担といった点で不十分なものであると言わざるを得ない。技術の改良は今後の課題である。
４) 独立行政法人産業技術総合研究所：「人間行動適合型生活環境創出システム技術 事業原簿」, http://www.nedo.go.jp/iinkai/kenkyuu/bunkakai/16h/jigo/4/1/5-1.pdf, pp.107-133, (参照2008-5-20)
3.3 問題点・解決すべき点
これまで研究を行ってきた行動モニタリング手法をそれぞれ単独に扱うと、行動分析に基づいた空間評価は一面的なものになってしまう懸念がある。接触動作データには場所の情報が含まれていないので、これを補完するために歩行行動データと統合する必要がある。歩行行動データと接触動作データとを統合して扱うことにより、人間の行動を「移動」と「状態」の両面から評価し、より精度の高い行動モデルの実現を目指す。
4. 研究目的
行動モニタリング技術を複合的に用いて取得した歩行行動と接触動作のモニタリングデータをネットワーク理論の知見に基づいて分析を行い、その分析結果をパラメータの係数として取り込んだ行動モデルを構築し、これを用いた行動シミュレーションによる空間評価手法を確立する。
4.1 既存のモニタリングシステムの見直しと分析プログラムの再設計、研究環境の整備、予備実験
研究目的
次項以降の研究計画を実施するために設備・機材、実験空間、分析プログラムを整備し、研究環境を整える。また、予備実験として歩行行動と接触動作の両方を同時にモニタリングする実験を行い、その過程においてモニタリング技術の見直しを行い、必要に応じて改良を行う。
研究方法・内容
4.1.1 モニタリング技術の見直し
これまでに用いてきた行動モニタリング技術の技術的検討箇所は、(1)バッテリー寿命、(2)データの伝送範囲、(3)追跡精度、以上の3点である。これらについて、歩行行動モニタリング手法は、RFIDリーダのアンテナ部の拡張と複数化、RFIDタグの高密度な敷設、敷設レイアウトの最適化、などの対応を試みる。接触動作モニタリング手法は、データ記録方法のネットワーク対応化、アンテナ部の拡張を試みる。あるいは、より精度の良い手法があればそれに換えることも検討する。
4.1.2 分析プログラムの再設計・最適化
これまでの研究で開発してきた分析用プログラムを、本研究の目的に合致するように再設計を行う。特に検討すべき箇所としては、(1)歩行行動と接触動作のモニタリングデータを受信用サーバで一元管理する箇所、(2)得られたモニタリングデータからネットワーク図を構築する箇所、(3)ネットワーク図からネットワークの評価指数を導出する箇所、以上の3点である。
4.1.3 設備・機材を整備した実験空間の準備と予備実験
これまでの研究の中で実証実験を行った知見を生かし、以降の研究に必要な設備を導入した実験空間を用意する。実験空間に必要な要件としては、(1)床下にRFIDタグを埋設する、(2)空間内のあらゆるモノにRFIDタグを貼付する、(3)生活空間を再現したしつらえを用意し、それらの位置を自由に変更できること、以上の3点である。
また、用意した実験空間において予備実験を行い、データ取得に関して支障がないか確認・改善するとともに、前項で用意したプログラムを用いてデータの分析試行を行う。
4.2 歩行行動と接触動作のモニタリングデータを統合的に扱った行動ネットワークモデルの作成
研究目的
前項で準備した実験空間において被験者を用いた行動モニタリング実験を行い、モニタリングデータを取得する。また、データはネットワーク理論に基づいて評価指数を算出し、この数値を行動モデルのパラメータに用いて行動モデルを構築する。
研究方法・内容
4.2.1 行動モニタリング実験の実験方法
・実験期間：被験者1名につき7〜10日間とする ・被験者数：若干名（5〜10名）とする
なお、本研究では行動モデルの一般化を目指すのではなく、モニタリングシステムが個人を識別可能であるというメリットを生かし、個人に固有の行動モデルを構築することを目指す。被験者を若干名としたのは、それぞれの固有モデルの違いを観察し、考察するためである。
得られるモニタリングデータは、歩行行動モニタリングによる「時間」「場所」というデータに加え、そこでさらにモノと接触した場合には、接触動作モニタリングにより「何と触れたか」というデータが蓄積される。
4.2.2 分析方法
歩行行動、接触動作それぞれの行動をネットワークとして捉え、これに対してネットワーク理論の知見を応用した分析を行い、ネットワーク評価指数を得る。ネットワークの評価指数は、「次数」「クラスター係数」「次数中心性」「媒介中心性」「近接中心性」などの数値を予定している。ネットワーク評価指数の算出には、この分野で広く用いられている「UCINET」を利用する。
4.2.3 行動モデルの構築
前項で挙げた評価指数は、それぞれの指数の観点からネットワーク上のノードの重要度を評価した値と見なすことができる。これらの評価指数を行動モデルのパラメータの係数（重み付け）として導入することで、単純な確率モデルとは異なり、ノードの重要度を考慮したモデルを構築することができる。
歩行行動モニタリングにより得られたデータは、場所の移動に関するモデルを構築する際に用いる。接触動作モニタリングにより得られたデータは、場所の利用（行動の状態）に関する評価に用いる。これらを用い、空間内の移動と統合的な行動モデルを作成する。
4.3 行動ネットワークモデルを用いたシミュレーションによる空間評価
研究目的
前項において構築した行動モデルに基づき、空間の使われ方を予測するシミュレーションを行う。予測された行動データを分析し、得られた数値を比較することで空間評価を行う。行動モニタリングから空間評価までのプロセスフローを記す。
研究方法・内容
4.3.1 シミュレーション
シミュレーションには、汎用シミュレータとして広く利用されている「Artisoc」を用いる。シミュレーション用のプログラムは申請者自らが開発する。シミュレータでは、行動モデルに基づいてエージェントを空間内で動かし、「空間の移動」と「モノとの接触」を予測することで、一日の行動をシミュレートする。
4.3.2 空間評価と比較
得られた行動シミュレーションの結果をこれまでと同様の手法で分析することで、ネットワークの評価指数を算出する。「ネットワークの規模」「平均ノード間距離」「ネットワークの密度」などの指数を、距離や大きさといった物理量に換算することで、シミュレーションに用いた空間の特徴を定量的に数値化し、他の空間との比較を可能にする。
