X:\archives\2007\06

20070629

投稿者: entasan @ 04:34

◇某案件で書いた文章

◇1. はじめに
われわれの研究室では1979年の開設以来、住宅、オフィス、美術館、駅、博覧会場、遊園地、都市空間といった、あらゆるスケールの建築空間において人間の行動調査を行ってきた。その調査から人間の行動特性を明らかにし、これらを帰納的にまとめた建築計画理論を組み立て、また、その成果を演繹的に用いた行動シミュレーションや避難シミュレーションといったかたちで、建築計画の評価を行う手法について研究を行ってきた。
世紀が変わり、ITからICTへ、パーソナルコンピューティングからユビキタスコンピューティングへ、といった具合に時代は変化してきている。一台のコンピュータをシェアして計算を行っていた時代とは隔世の感がある。このような時代を迎え、われわれの研究室でも研究手法自体に大きな変化が訪れている。

その大きな変化を生んでいるのは、人間の様々な情報をリアルタイムに観測する技術に他ならない。
例えば追跡調査において、旧来の手段では対象とする人間ひとりひとりを調査員が1対1で追跡したり、あるいはビデオ画像に群集の様子を納めたものをコマ送りしながら軌跡図を描いたり、といった具合に、非常に手間のかかる作業が求められ、ともすればそのこと自体が研究の障害ともなっていた。
ところが最近では、アクティブRFIDタグとリーダを用いることで、大量の調査対象者を一度に追跡調査することも可能になった。もちろん、その調査精度はタグやリーダの性能によるところが大きいが、レジャー施設などで群集の大まかな動態を調査するには極めて都合が良い。
また、赤外線センサや加速度センサなどと、それを制御するためのソフトウェアも、インターネット通販や秋葉原などで安価に手にはいるようになり、調査・実験の環境をDIY感覚で構築する学生も最近では珍しいことではなくなった。もちろん彼らは、WWW上のウェブサイトの中から情報を探し出し、自分たちの研究に必要な環境を自らの手で構築している。

このように便利になった部分も非常に大きいのだが、それでもまだ技術的には隔靴掻痒といった感がするのは否めないところである。
人間それ自体の行動や、その周辺環境の情報といったものは、これまで述べてきたような技術を用いれば、連続的なデータとしてリアルタイムに手に入れることは可能である。一方で、心拍数や呼吸数、脈拍数、ある種の酵素の分泌量などといったバイタルデータは、同じようにして手に入れるにはまだまだのようである。高価で大がかりな最先端の技術ならまだしも、DIY感覚で使えるようになるには、もう少し時代を待たなければならないのだろう。

われわれの研究室では、いわばこの「早く流れる時代の遅い部分」に気を揉みながらも、いまある技術、いま使える技術で数年先の情報環境をもつ建築空間のプロトタイプを構築し、そのような空間が居住者にどのような機能や性能を発揮することができるか検討を行っている。
そのプロセスから分かってきたことは、まず、人間の定位状態や心理・生理、環境、空間機能などのように時間によってその振る舞い方を動的に変えるものはそのまま動的にとらえ、評価を行う時にリアルタイムな数値を変数として用いることが求められる。ある時点での状態を常に計測できていなければならず、ある時点での状態とはつまり、その「性能」とも言い換えられるものだ。
そのような要請のもとに、情報環境がまさに媒介者としてあらゆるハード――建築・人間・ロボット――の境界に浸透してゆく。その境界面でセンサ技術などが様々な対象を同時にモニタリングしながら情報を統合し、制御・相互作用させることで、全体としてひとつの知的なシステムとして振る舞い、居住者に相応しい機能やサービスを提供する空間が、建築が進化する方向性のひとつになっていくだろうということである。

そしてわれわれは、このようなシステムの適用先を人間の「健康」に向けてターゲットを絞っている。
誤解のないように一言添えておくが、これは決して「不老不死のための研究」ではない。長寿命化した日本人が、そのライフステージの大半を健康で活動的な状態で過ごせるようにしたり、あるいは、少子化社会の中で生まれた子供たちを心身共に健康でたくましく育てたりすることは、国家の維持・安定のためにも好ましいことである。そのために建築計画ができることは、ひとつやふたつではないとわれわれは考えている。

本稿は、こうした背景のなかでわれわれの研究室が行ってきた取り組みを紹介する。
まず「2. 研究・応用事例の紹介」では、モニタリング対象として、人間、ロボット、そして健康の三者を挙げ、それぞれについて取り組んできた事例を挙げながら概説する。いずれも1) その背景と目的、2) モニタリングのための手法、3) そこから得られる情報、4) それを用いた建築の機能や性能としての応用手法、について述べる。
また、「3. 課題と展望」では、第2章で取りあげた事例に取り組む中から見つかった課題について指摘し、これからの展望について述べる。ただでさえ学際的な分野となっている建築分野において、更に情報科学や医学、生理学の知見を取り入れようとするのであるから、われわれの研究室だけではとてもカバーしきれない問題も数多くある。こういった問題を広く社会に問うことで、その回答が少しでも早く手にはいるようになることを期待している。


2. 研究・応用事例の紹介
2.1 屋内における人間のモニタリング
1) 背景と目的
建築空間における人間の振る舞い方をとらえ、人間の行動特性に基づいた建築計画理論を考えることは、これまで研究室で取り組んできた研究のひとつの流れであった。まずはこの流れの延長として、より詳細なデータの収集を目指すという考え方がある。
一方で、人間の振る舞いは時に計画時において想定されていた状態からすっかりはみ出てしまうことも珍しくなく、そのような状況に対応するためにも行動のモニタリングが必要になる。居住者個人々々にあわせた空間サービスのフィードバックも、このようなリアルタイムのモニタリングによる状況理解が欠かせない。
しかしながら、こうしたモニタリング機能を提供する際にいつも問題になるのは、プライバシーである。そこで、プライバシーを損なうことなく、必要な情報を得るための方法が求められる。

2) モニタリングのための手法
まず、人間の平面的な移動をモニタリングする方法について検討を行った(文1、2)。そこで考えられたのが、スリッパ型のRFIDリーダである(図2-1-1)。もともとはPDAを使ったハンディ型のRFIDリーダであったが、アンテナ部分をスリッパの底に仕込むことで、人間の歩行という自然な動作によって情報を取得できるようにした。カメラなどによる視覚的なモニタリングではない点と、これを使用するかしないかという選択が、モニタリングのオン−オフ切り替えを担っており、先に挙げた問題点がスマートに解決されている。
空間定位の次に検討されたのが、人間の行為をとらえる方法である。市販の製品で指に装着する指輪型のリーダが販売されており、これを用いることで生活財=モノとの接触行動をモニタリングすることが可能になる(図2-1-2)。これもスリッパ型と同様に、モノとの接触動作の中から情報を得ることができ、利用者の選択によってモニタリングの切り替えが可能である。

3) 得られる情報
RFIDタグは床下・生活財・建築設備などあらゆるものに設置されており、タグのIDに紐づけられた位置情報や個体情報がサーバに置かれている。リーダはタグのIDを読み、これをその時点ですぐサーバに送信し、情報を蓄積する。読み取った情報は連続的に蓄積され、必要に応じてその履歴は参照することができる。サービスエージェントはIDに紐づけられた情報を検索し、これに基づいて居住者の定位や状況理解を行い、居住者に対してフ
ィードバックを行う(図2-1-3)。

4) 応用手法
これらのシステムはRFIDタグを媒介にして、人間の行動分析のための、ひとつの統合的なモニタリングシステムとして機能する。ユビキタスコンピューティングにおいてまず求められるのが状況理解(コンテクストアウェアネス)であると言われるが、このシステムは位置情報という縦糸と、モノの情報という横糸からそれを実現しようとするものである。
状況理解によって実現できるサービスとしては、まず「安全・安心」のための見守りサービスがあり、空調や採光・調光、防犯機能などを状況に応じて切り替えるためのシステムとしても利用できると考えられる。
また、より発展的な方法としては、空間を隔てた遠くの身内などとさりげなく気配を伝えあうことで安心感を醸成したり(文3)、オフィス作業の状況伝達によって連帯感を生み出すシステムも考えられる(文4、5)。これらはいずれも人間を「疎外感」から解放し、ストレスの軽減に役立つと考えられ、結果的としてそこに住まう人の健康増進に役立つものと考えられる。

2.2 屋外における人間のモニタリング
1) 背景と目的
遊園地などのレジャー施設や博覧会場といった空間は、都市よりもスケールが小さく、範囲が限定されていることによって、人間の行動の自由度はある程度限定されている。しかし、このことによって逆に人間の行動は制御しやすくなっているとも考えられる。
イベントやアトラクションの状況によって、人間が過度に密集した区画は、必然的にパニックや人的災害のリスクが高くなっているため、これを解消するような対策を講じる必要があり、逆に、疎となっている空間に人間を誘導することで、施設全体の利用能率を高めることに貢献できる。安全・防災からの観点と、経営・運営からの観点の両方において、人間の行動モニタリングはこのような空間においても有効である。
2) モニタリングのための手法
屋外での定位については、既に述べたように追跡調査によるものや映像解析による方法が主流であったが、この手間を格段に減らし、モニタリングのリアルタイム化まで可能にしたのがアクティブ型RFIDタグである。
モニタリング領域には、適切な間隔でアクティブRFIDリーダを配置してゆく。リーダの検知性能にもよるが、リーダを密に配置する方がモニタリングの対象者をより高精度にとらえることができる。モニタリング対象者にはアクティブRFIDタグを渡し、これを持って領域内を自由に散策してもらえばよい(図2-2-1)。

3) 得られる情報
アクティブRFIDタグは内蔵の電池により、一定間隔で電波を発信し続けている。リーダはその電波を受信し、受信時刻とIDとを記録する。ただしモニタリング領域が広いため、リーダ同士は基幹的なネットワークを経由しなければサーバに連結できない場合が多く、その意味でやや大がかりな設定が必要になる。
定期的に集められるデータをもとにして、システムはまず人間の群集としての状態を把握することができる。ある時点における人間の分布を知ることで、領域内の人間の疎密を知ることができる。また、個としての動きを追うことで、ある観察対象者が辿った経路と、その特徴について知ることができる。

4) 応用手法
既に述べたように、レジャー施設などにおける人間のモニタリングは、それによる群集の制御が可能になることで、防災や施設運営のために有効である。また、来場者の行動特性を知ることは、新規に施設を建設する場合にそれを建築計画の資料とすることもできるだろう(文6、7、8、9、10)。
群集把握と制御にとどまらず、その情報をもとにして、群集を構成する個人に対してピンポイントに情報を配信するといったことも可能である。予め入力された個人の属性や好みといった情報と、ある時点の位置情報を元にして、その人に対して魅力的な情報を配信するといったシステムを構築する。これをモニタリングのシステムにオーバーラップさせることで、情報配信によって施設内を誘導するといった取り組みも行われた。その際にはアクティブRFIDタグだけではなく、情報配信用の携帯電話も配布された(図2-2-2)。これらを用いた個人向けの情報配信がもたらす行動の変化についても研究されている。
また、個人の健康状態に応じて、移動経路を最適化することもできる。例えば腰の悪い人に対しては、腰に負担のかかりにくい経路や、休憩箇所の多い経路を提示するといったホスピタリティの高いサービスを行うことも可能であろう(文11)。また、このようなサービスのための位置把握には、アクティブRFIDのような局所的なシステムではなく、GPSとGISを用いたモニタリングなど、より都市的なスケールでのシステムが求められるだろう。

2.3 ICFコードを用いた生活機能モニタリング
1) 背景と目的
2001年、世界保健機構(WHO)は国際障害分類(ICIDH)の改訂版として国際生活機能分類(ICF)を発表した(図2-3-1)。これは人間のあらゆる健康状態に関係した生活機能を数字とアルファベットを用いて記号化したものである。それらの組み合わせで人間の状態を再記述することが可能となるため、情報化の進んだ今日に相応しい、取り扱いが非常に便利な枠組みである。
ICFの枠組みは、人間の「障害」といったネガティブな視点から出発したものではなく、「生活機能」がまずあり、どんな人でも発揮しうる能力は時によって変化するものだというポジティブな視点から出発している。その意味で、この枠組みは障害者や高齢者のみならず、すべての人に対して適用可能な枠組みであると言えるのである。
ICFでは4つの分類項目(心身機能、身体構造、活動と参加、環境因子)を設けてコードを分類している。2001年の改訂において、生活機能や障害への外的影響の要素として「環境因子」が新たに加えられた。これにより、さまざまな設備やコミュニティとの関係性も人間の健康状態を測る尺度として取り入れられることとなり、建築分野から人間の健康に対してアプローチしやすい環境が整備された。

2) モニタリングのための手法
ICFコードはすでに記号化されたデジタルなものとして提供されているので、これまでに述べてきたRFIDタグのような個別認識システムと非常に親和性が高い。さらに、ICFコードはそれ自体のデータ量が非常に小さいので、情報のほとんどすべてをICタグのメモリ領域に納めることができる。紐づけられた情報をネットワーク経由で問い合わせなくてすみ、比較的小さなシステムでサービスを構築することが可能である。

3) 得られる情報
運用の仕方にもよるが、どのような形態であれ最終的には利用者の身体能力や健康状態といったものがICFコードとしてシステムに送られる。システムはまずこのコードを収集し、理解する。それと同時に、コードとともに送られる7段階の評価点――例えば評価点4が「完全な障害」を示すなど――を理解する。サービスやフィードバックを行うシステムは、これらの情報をもとにして利用者に提供されることになる(文12)。
あるいは、人の発する会話の内容や目に触れる文章などを、自然言語処理を利用してICFコード化し、その人の触れる文字情報すべてをICFコードとして再記述する方法もある。これにより、その人が今どのような状態にあるかとか、どのようなことに興味を持っているかということも把握することできる(文13)。

4) 応用手法
飲食店や宿泊施設などの商業施設、あるいは駅や美術館といった公共施設において、入り口などでRFIDタグをかざすことで、利用者はその人の健康状態や嗜好に適したサービスを受けることが可能となる。
例えば公共施設においては、弱視のコード(b21002.3など)を持つ人に対して案内板の文字を自動的に調整するなどといったことも可能だ。全盲(b2100.4など)の人には音声案内に切り替えるといった、きめ細かいサービスも提供できる。
また、映画館やレジャー施設などのように、人が大勢集まる空間ではどのような障害を持つ人がどれだけ来場しているか把握しておくことが、災害時などにおいて避難を円滑に行うために有効である。こういったことを人の力でチェックするのは煩雑であり、確実性に欠けるため、入退場時のチェックインゲートなどで管理できればより効率的な運用が期待できる。
アレルギー情報をICFコードとして所持しておけば、飲食店で食事をする際にアレルギーに対応したメニューの選択が可能になり、アレルギー症状から利用者を保護することが可能になる。このシステムについては実際に「ICFレストランシステム」として実証実験が行われ、その有効性が確かめられている(図2-3-2)(文14)。

2.4 共生型ロボットのモニタリングと
  共生型ロボットによるモニタリング
1) 背景と目的
1970年代から始まった産業用ロボットの開発は、日本をいまや世界最大の産業用ロボット開発大国へと成長させることとなった。これに引き続き、1990年代末ごろから生活圏での共生型ロボットの開発に対して目が向けられるようになり、経済産業省の重点的施策のひとつとして、産官学ともに急ピッチで研究開発が進められている(文15)。建築分野においても、このような共生型ロボットと暮らす状況を想定した研究が始められている(文17、18)。
今のところ、共住型ロボットはちょっと賢いおもちゃといった感覚で導入されたり、掃除などを行う生活機能を持つものなどとして導入されたりしている。しかし、少子高齢化による人口構造の変化によって、家事や仕事、介護や福祉業務をサポートしてくれるパートナーとして、今後日本の社会にとって欠かせない存在となってゆくだろう。
一方、様々なセンサやカメラなどを空間内に配置し、これらから得られるデータを統合的に利用して状況理解などを行い、同じく空間内に配置されたマニピュレータやモニタなどを通じて居住者にフィードバックを提供するような、いわば空間型ロボットと呼べるようなものも検討されている。2.1項などで述べてきたようなものも、広い意味ではこれに該当する。
共住者としてのロボットと、居住空間としてのロボットとが現在同時並行で研究・開発されている。空間型ロボットは人間の状態をモニタリングするだけでなく、上表処理結果の実行者として共住型ロボットに指示を出すために、共住型ロボットに対しても人間と同様にその状態をモニタリングする必要がある。
また、共住型ロボットは空間型ロボットに比べて実際に人間と接触する機会――タッチコミュニケーション――が多いため、接触による方法でしか得られない心拍数や血圧などのデータをモニタするインターフェースとして活躍することが期待できる。

2) モニタリングのための手法
共住型ロボットの空間定位に関するモニタリング手法は、2.1項で述べた人間の行動モニタリングシステムと同じものを利用することが可能である。これによるメリットは、同じ情報インフラを用いることでシステムを統一できることにある。また、共住型ロボットはその心理的圧迫感からあまり大きくすることは好まれず、そのため脚部を持たないものも多い。車輪などで床を移動するので床と本体との距離が近く、床下RFIDタグによるシステムに対して親和性が高い。実際に筆者の計画した実験住宅において、ロボットによる読み取りが可能であることが確かめられている(図2-4-1)。

共住型ロボットとのタッチコミュニケーションでは、ロボットが人とふれあう腕部や頭部などといった部位に心拍や脈拍などを計測する機器を搭載することで、人間との自然なふれあいのなかからこれを計測する。

 3) 得られる情報
 共住型ロボットの位置情報は、2.1項で述べた人間の行動モニタリングと同じで、床下のRFIDタグを感知することで、これに紐づけられた空間情報を得る。共住型ロボットが取得した自らの位置情報は無線ネットワーク経由で空間型ロボットへ伝送され、また、空間型ロボットの取得した居住者の情報は共住型ロボットへ伝送され、それぞれこれらの情報を活用したフィードバックを行う。
 共住型ロボットとのタッチコミュニケーションでは、リモートセンシングでは取得しにくい心拍数や血圧、脈拍、体温など、人体の皮下組織に関するバイタルデータの取得が期待できる(図2-4-2)。
ぬいぐるみのすがたをしたロボットは、高齢者に対して高い癒し効果があるとされ、また乳幼児に対しても玩具の延長として導入できるので、このようなロボットは特にモニタリングの必要性がある人たちに対して優れた適性を持っていると考えられる。

 4) 応用手法
共住型ロボットの位置情報は、まずそのロボットに対しては自らの空間定位のための情報として利用することができる。ロボットの空間定位については様々な方法が考案されているが、それらによって計測される位置情報を補正するためのデータとしても利用できる。
空間型ロボットによる人間の位置情報と照合すれば、居住者の状況に合わせた振る舞いをすることができ、居住者との距離の取り方に注意をさせることで、居住者にとって心理的負担の少ない挙動や定位を実現することができる(文18)。
人間のバイタルデータを取得することができれば、行動モニタリングによる状況理解の上に、さらにその人の「健康状態」という情報を重ねてそれを見ることができるようになる。朝起きたところなのかとか、仕事から帰ってきたばかりで疲れているのかとか、寝る前のまどろんでいる状態なのかといったことが分かれば、香りや光を使って覚醒作用やリラックス効果、疲労回復などが期待できる空間演出を実現できる(文19、20、21)。その演出方法についてはヨーロッパで発展してきたスヌーズレン空間の知見を応用し、このような空間の制御にバイタルデータを活用できる(図2-4-3)(文22、23、24、25)。
また、心理状態や健康状態、身体姿勢によって感じる色覚や味覚が異なることは経験的に知られており、それを確かめる研究も進められている。食事の時の姿勢や、肉体疲労・精神疲労などの疲労の仕方の違い、既往症の有無などによって食事空間のライティングを調整し、実際に塩分や糖分を多目に摂取しなくても好みの味になるような食卓にすることで、糖尿病などの生活習慣病のリスクファクタを低下させることも可能だろう(文26、27)。
2.3項で述べたICFによる情報と連携させ、生活機能の障害情報とバイタルデータとを関連づけ、身体機能のトラブルと健康状態との把握によって、建築設備それ自体の構造を変化させることで居住者にとって負担の少ない空間に調整することができる。例えば、足腰の弱い人に対しては、日中あるいは疲労の少ない時は筋力鍛錬のために足腰に負荷の高いしつらえにし、疲労時や朝晩には負荷の低いしつらえに変更するといった、健康維持のための建築設備によるメカニカルフィードバックも可能となる(文28、29、30、31)。

3. 課題と展望
3.1 屋内における人間のモニタリング
床面をはじめとして、RFIDタグを空間のいたる所に張るということを実現しようとするには、まずRFIDタグ自体のコストの問題が挙げられる。現状ではパッシブ型RFIDタグでも数十円から数百円という価格で販売されており、人間行動を精度良くモニタリングするために必要な貼付間隔でこれを用いると、かなりの枚数が必要であり、無視できないコストになってしまう。
また、最近では新建材としてRFIDは建築業界でも注目されつつあるが(文32)、実際に現場で施工を行う際にはその取り扱いなどについて施工者らに対する教育が必要である。RFIDタグはインレットにしたところで、やはり精密機器であることに変わりはなく、破損に注意しなければならないだけでなく、鉄筋鉄骨、蓄熱材などの金属や水分による電波干渉などにも注意しなければならず、施工環境に求められる点も多々ある。ただし、電波干渉についてはシールドすることでこれを防ぐことも可能である。
また、RFIDタグの貼付作業においてその効率を上げる方法についても考えなければならない。現状では手作業での貼付しかないが、部品化やパネル化など、プレファブリケーションの行程の中に組み込むなどして効率化を図る必要がある。そうすることでRFIDタグの大量発注によってタグ自体によるコストの軽減も期待できる(文33)(図3-1)。
本稿ではパッシブRFIDタグによる手法について述べてきたが、屋内での行動モニタリングを実現する技術は他にもいくつか提案されている。アクティブRFIDタグを用いる方法も検討を行ったが、リーダの調整が極めてデリケートであること、建築構造によっては電波障害が発生してしまうこと、天候などによって感度が安定しないことなどの障害が発生し、思うような成果が得られなかった。屋内利用できるGPSを用いる方法も考えられるが、確実な定位を実現する方法としては2.1節で述べた方法が今のところ最適であると思われる。

3.2 屋外における人間のモニタリング
パッシブRFIDタグによる行動モニタリングでは、必要な追跡精度と機材の設置コストとがちょうど折り合うような設置計画を検討しなければならない。アクティブRFIDリーダは、先にも述べたように調整が特にシビアで、かなり広い面積を持つ半屋外的な空間であってもその使用にはかなりの制限がある。これを用いる場合は大まかな動態しか把握できないと考えていいだろう。
また、アクティブRFIDタグに用いる電波の周波数帯にもよるが、医療機器への影響も当然考慮しなければならない。ペースメーカーを装着している人にとって、見守りシステム自体が有害なものになってしまうようであってはならない。

3.3 ICFコードを用いた生活機能モニタリング
ICFコードには生活機能を示す部分と、その程度を表す評価点とがあり、評価点の付け方は4分類それぞれで異なっている。ICFコードの運用の難しさはこの点にあり、医療従事者あるいは専門的な知識を持つものでなければその評価を正しく行うことができず、われわれ建築分野の人間はその能力を持つものの知見を頼るしかなく、なかなか具体的なシステムの開発と実現には結びついてはいない。
しかしながら、健常者であっても疾病や怪我、あるいは疲れているときや重い荷物を持っているときなどのように、その人本来の力を発揮できないときが多々あり、その程度を評価点という形で表現可能なICFの体系は非常に画期的であるといえよう。
ただし、ICF自体は医療・福祉の現場でも導入がなかなか進んでおらず、今後はまず本来用いられるべきこれらの分野で普及されることが望まれる。かかりつけ医療が注目されて久しいが、かかりつけ医くらいに地域に密着した医療を行っている人たちが日常的に用いるようになるほどに普及しないと、その本来的な意義は達成できないのではないだろうか。

3.4 共生型ロボットのモニタリングと共生型ロボットによるモニタリング
 共生型ロボットの開発は盛んに行われており、2005年に行われた愛・地球博でのロボットを用いた展示などは特に記憶に新しい。産業と行政の過熱ぶりとは対象に、一般消費者への訴求はまだまだこれからという印象である。「高価なおもちゃ」という印象を超えて、本当に必要とされるパートナーとなるまでには、もう少し時間がかかるかも知れない。そのためにも、本稿で挙げたような機能を持たせることに意義はあるように思う。
一方で、共住型ロボットが暮らす空間についても問題があると考えらえる。共住型ロボットそれ自体の性能や見た目の問題だけではなく、現代の住居はロボットにとっても住みにくい住宅であるように思われる。その証拠に、最近のロボットの中にはそもそも動かないことを前提とした――動くことをとりあえず保留した――、情報インターフェースとしてのみ機能するものも増えてきている。しかしながら、これは日常生活のパートナーの姿としてのロボットの姿としては、あまり相応しくないのではないか。
ロボット技術の進展のために、建築の側から支援できることもあるのではないかと思われる。また、そのようなことを踏まえた研究も少しずつではあるが始められている。

共住型ロボットによるバイタルモニタリングについては面白い事例がある。ご存じの方も多いと思うが、2006年10月、福島県にある会津中央病院に3台の案内・受付ロボットが導入された。来院した見舞客などに病室への経路を3Dムービーで提示したり、実際にロボット自身が移動して経路の途中まで案内したりする役割を果たしている(文34)。
導入されたロボットは現在も実際に稼働しており、自由に見学できるが、案内ロボットとして機能する2台は担当者に連絡しないと案内サービスを提供してくれないようだ。その間この2台は何をしているのかというと、指先の血管をモニタして末梢血管中の血中酸素濃度を測定する機器として――頭部に内蔵された計測器を露出して――働いている(図3-2)。
これは一見すると滑稽ではあるが、実は先に述べたようなタッチコミュニケーションによるバイタルモニタリングを目指した取り組みとしてみると、まことに理にかなっており、思わず感心してしまった。この計測データが一時的なものではなく、ネットワークを介して病院のサーバへ繋がり、患者や来院者を含めた地域全体の健康管理に寄与し、地域医療の発展に繋がれば言うことはない。その意味でも共住型ロボットの導入とそのための空間研究は今後重要になってくるであろう。

4. おわりに
以上、述べてきたことをまとめると図4-1のようなモニタリングのダイヤグラムを描くことができる。
ここで描かれている様子は、まず空間型ロボットが人間や共住型ロボットをモニタリングし、その位置情報や活動情報を取得し、状況理解を行っている。共住型ロボットは居住者とのタッチコミュニケーションを通じてバイタルデータを取得し、これをネットワーク経由で空間型ロボットと共有している。状況理解とバイタルデータにより、空間型ロボットは居住者にバイオフィードバックを行い、香りや音、照明の調整や映像などによって居住者の健康状態を改善するための機能を提供している。また、ライフスタイルにあわせてしつらえの変更を提案したり、体の具合にあわせて身体負荷を調整したりするメカニカルフィードバックによって、単なる癒し効果だけではなく、体力の維持と増強をも見込んだ空間機能を提供している。

これを見てもわかるように、現在は人間をその外側からとらえ、外側からフィードバックを行う技術が先行している。しかしながら、人間のストレス状態と関係があるとされるある種の酵素や、それこそ血液中にしか含まれないような成分などは、人間の内側からしかとらえることができない。これを単に計測するだけではなく、日常生活レベルで常時計測可能にし、ネットワーク経由で情報を蓄えられるようなシステムはまだ存在しない。ここには技術的な問題があるだけではなく、もちろん倫理的な問題もあるだろう。
しかしながら、内外の研究者にはこのような微細な計測機器――MEMSやNEMS――を用いたバイタルモニタリングを研究している人もおり、生命維持や健康管理といった目的からくる要請によって倫理的問題が克服されたとしたら、ことによっては近い将来、先に述べたようなことも可能になる時代がくるかもしれない。技術だけについて言えば、経済産業省の示す資料によると、遅くとも2025年には完成していると見込まれている(文35)。

その結果としてわれわれが直面するのは、――もはや言い古された話ではあるが、本当に――機械との境界を相互に浸食し合い、機械と同化しつつある人間像なのかもしれない。まさに80年代に一世を風靡したウィリアム・ギブソンの「ニューロマンサー」の世界である。建築の情報化、建築空間へのユビキタスコンピューティングの導入、人間と情報・機械とがネットワークを介して行う密接な連携、人間と機械の接触と融合、これらによる人間の延健康・超寿命化、といった流れは、近代から続く人間像をわずかずつながらも確実にスライドさせている。人間と呼べる存在の意味がどんどんずれて、広がり、複雑になってゆく。今考えている「人間」とはひと味違った「人間」を意識した建築空間の研究とものづくりを、われわれは始めなければならなくなる日も近いのかもしれない。

20070623

投稿者: entasan @ 21:12

◇\t works を更新。そろそろ情報発信をしていかないとイカンね。

http://www.watanabe.arch.waseda.ac.jp/member/2003/entasan/

20070616

投稿者: entasan @ 12:28

◇再出発

◇全くの気まぐれだけど久しぶりに書いていこう。テーマは主に研究関係で。

◇とりあえず場所は確保したって感じ。

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