20071106
◇とある原稿
◇研究目的
全体構想および目的
本研究は、建築空間に存在するあらゆる生活財―モノ―と、それに触れる生活者―ヒト―との関係に着目し、RFIDタグを用いてヒトのモノとの接触履歴を記録し、これをネットワークとして表現することで生活行動の可視化を行う。それとともに、ここで得られたネットワークについて「グラフ理論」と「複雑ネットワーク理論」の両見地から分析を行い、その特徴を説明する定量的なデータを得ることで、ヒトを取り巻くモノとヒトとの構造的な関係が行動（生活習慣や役割分担）にどのような影響を及ぼしているのかを明らかにし、生活者の行動を評価する手法を得ることを目的とする。また、この行動分析の結果からネットワークの生成モデルを作成し、これを用いたシミュレーションを行うことで、モノの配置計画や建築の平面プランニングといった空間要素を評価する手法を得ることも目的とする。
�仝Φ罎粒惱囘�背景
着想に至った経緯：確率的予測モデルから構造的予測モデルへの転換
行動履歴データベースを用いて生活者の行動を予測する手法について研究を行った際に[業績3]、ヒトとモノとの接触履歴から、ヒトが次にどんなモノと接触するかを予測するための遷移確率モデルを作成した。これを用いた予測シミュレーションの結果では、モノとの接触連鎖パターンによる確率的な予測だけでは、ヒトの行為を予測したり状態を特定したりするには不十分であることがわかった。遷移確率モデルによる予測の精度が悪いのは、ヒトとモノとの間にある関係の構造、すなわち、その「接触行動ネットワーク」のかたちを無視しているからに他ならないからであると考えられた。ヒトとモノとの関係性を構造的に記述し、これを取り込んだモデルが求められたのである。
国内・国外の研究動向および位置づけ：「グラフ理論」と「複雑ネットワーク理論」の建築計画への応用
そこで検討されたのが、「グラフ理論」と「複雑ネットワーク理論」の考え方である。「グラフ理論」からは、ネットワークの構造からいくつかの定量的な指標値を算出するための手法が提案されている。例えば、ネットワークを構成するあるノードを一頂点とする「閉じた三角形」がどれだけあるかに着目すれば、周辺のノードとの関係の強さ（クラスター性）や密度がわかる。あるいは、任意の二頂点間の距離からネットワーク全体の平均的な距離を算出することで、そのネットワークの規模を評価することができる。すなわち、人間の行動軌跡をネットワークとして扱うことで、これを定量的に評価することが可能である。
一方、「複雑ネットワーク理論」からはネットワークの生成をシミュレートする手法が提案されている。代表的なモデルのひとつである「BAモデル」と呼ばれるモデルでは、ノードの追加によるネットワークの「成長」と、リンクの先の「優先的選択」とを取り込んでおり、この単純なモデルが生理学、脳神経科学、物理学、経済学など様々な分野の現象を再現する普遍性の高いモデルであることがわかっている。このように、人間に関する諸現象を再現する手法としてすでに評価の高い「複雑ネットワーク理論」を行動シミュレーションに応用することで、再現性の高いシミュレーションが可能になるのではないかと考えられる。
「複雑ネットワーク理論」は「グラフ理論」をベースに発展してきた学問領域であり、1998年頃から世界的に注目され始めた学問領域である。この分野の知見を建築計画に応用した例は国際的に見ても未だなく、本研究はその先鞭をつけるものであると考えている。
研究成果の発展的利用：RFID技術を用いた行動分析
RFID技術が発達し、非常に安価な価格でこれが供給されるようになった。これにより、RFIDタグをひとつひとつのモノに貼り、RFIDリーダを持ったヒトがこれに触れることで接触履歴を取得することが可能になった。特に、ビデオ録画に比べてプライバシー侵害のリスクが減り、長期間に亘る断続的な記録も可能になった。データはデジタルデータとして記録されるので、観測作業からシームレスに分析作業を行うことができる点でも有利である。これまでにRFIDを用いた研究[業績6,7,8]を行ってきた経験を生かし、データ収集場面においてその知見を活用する。
��研究期間内に何をどこまで明らかにしようとするのか
1. RFID技術を用いた接触場面の記録によるヒトとモノの「接触行動ネットワーク」の可視化
RFID技術を用いたデータ収集により「接触行動ネットワーク」を効率的に記録し、その関係性を直感的に理解するためにこれを可視化する手法を開発する。
2. 接触行動ネットワークの構造についての定量的解析
1.により得られたネットワークを「グラフ理論」の見地から構造解析を行う。すなわち、ネットワークの規模・密度、ノード間の関係性の強弱、ノードの中心性などを数値化することで、「接触行動ネットワーク」に存在する普遍的な構造を明らかにする。また、ネットワークに建築空間の物理的な距離などのデータを加味することで、行動の効率性や空間の分節度を数値化する。
3. 定量的解析結果に基づいた接触行動ネットワークのシミュレーション
2.により得られた知見から、「接触行動ネットワーク」の性質を帰納的に決定し、これをモデル化することで、モノが配置される空間の情報と「複雑ネットワーク理論」によるネットワーク形成モデルとを応用することで、「接触行動ネットワーク」の生成シミュレーションを行う。これにより、モノの配置計画や建築の平面プランニングといった建築空間とその要素を評価する手法を得る。
�Ｅ�該分野における本研究の学術的な特色・独創的な点及び予想される結果と意義
1. 特色・独創的な点
・RFID技術を応用してヒトとモノの接触行動履歴を収集し、データ収集の効率化と大規模化を図る点。
・ヒトの行動をモノとの接触ネットワークとしてとらえ、これを「グラフ理論」と「複雑ネットワーク理論」の両見地から分析を行う点。
・「複雑ネットワーク理論」におけるネットワーク生成モデルを応用して人間行動のシミュレーションを行うことで、これまでにはない手法により建築空間の評価を行う点。
2. 予想される結果
・ヒトの生活行動をネットワークとして可視化することで、生活者の行動様態を直感的に理解する手段を得る。
・「接触行動ネットワーク」の定量化によって人間行動の普遍的な性質が明らかになり、これにより人間行動を再現するモデルを得る。
・モデルを用いたシミュレーションを行うことにより、建築空間における人間行動を再現し、建築の計画段階においてその計画を評価する手法を得る。
3. 意義・発展可能性
単独の人間や群衆の行動シミュレーションといった、人間の移動を扱うマクロなシミュレーションではなく、生活行為や生活習慣といったよりミクロなレベルでの活動をシミュレーションすることができるようになり、これまでの手法とは異なった視点からの建築計画の評価手法を得ることができる。
◇研究計画・方法
【平成20年度】
ヒトとモノとの接触場面のデータ収集と、ネットワーク図としての可視化作業
概要：初年度は主にデータ収集期間とする。生活行動の中でもモノとの接触場面に着目し、後述する手法によりこれを2週間程度の長期間にわたって取得する。被験者については分析結果の妥当性を担保するために、10家族・30名程度を予定している。
この作業により得られたデータを処理し、後述する手法を通してネットワーク図として可視化する。また、次年度の分析作業のために、分析ソフトに適したデータ形式にこれを編集する作業を行う。
�）楔Φ罎鮨觜圓垢訃紊任龍饌療�な工夫
RFID技術の活用によるデータ収集作業の効率化：RFIDタグを空間内の様々な箇所（モノに限らずスイッチやドアノブなどの建築設備も含む[fig.1]）に貼付し、生活者には「指輪型RFIDリーダ[fig.2]」を装着させた状態で一定期間にわたり日常生活を送ってもらい、日常の何気ない動作の中から接触履歴のデータを収集する。これにより、実験をなるべく意識させないことで作為のないデータを得ることが可能になるだけでなく、実験の拘束による被験者の負担を減らし、データ収集期間の長期化を期待することができる。
「NetDraw」を用いたネットワークの可視化：前項において得られた接触履歴データをネットワーク図として可視化するために、すでに多くのネットワーク研究で利用されている可視化ソフト「NetDraw」を利用する。ただし、「NetDraw」だけでは実空間上の位置に対応したネットワーク図を描くことはできないので、これを可能にするためにデータを自動で整形するプログラムを作成する。また、CAD図面とネットワーク図との連携を考慮し、ネットワーク図をCAD上にプロットする[fig.3]ためのプログラムを作成する。これについては、CADソフトとして広く利用されている「VectorWorks」上で動作するプログラム言語「VectorScript」を利用する。
��研究計画を遂行するための研究体制
実験状態の監督補助：長期間にわたり被験者を拘束してデータ収集を行うため、定期的に実験状態を監督する必要がある。そのため、実験状態の管理を行う補助者（大学院生を予定）を2〜3名程度募ることを検討している。
プログラム作業：基本的に申請者自身が行うものとする。
【平成21年度】
データ解析に基づくモデルのパラメータ決定作業とモデルの作成
概要：前年度の作業により得られたデータを「グラフ理論」の知見を用いて解析を行い、ヒトとモノとの接触行動ネットワークの中に現れる、ヒトの行動の普遍的な性質についての考察を行う。また、ここで得られた数値や考察から、「接触行動ネットワーク」の生成モデルを作成する。
�）楔Φ罎鮨觜圓垢訃紊任龍饌療�な工夫
「UCINET」の利用による「接触行動ネットワーク」の定量化と分析：ネットワークの定量的分析には、すでに多くのネットワーク研究で利用されている分析用ソフト「UCINET」を利用する。その際、ネットワークの物理的な距離などを考慮しないで行う分析と、考慮して行う分析とを区分して行う。これはネットワーク分析において、ノードやリンクの属性を考慮せずそのネットワーク構造のみを解析対象とするのが基本的な考え方としてあるためだが、人間はWWWなどとは異なり、時間的・体力的・物理的な制約（例えば、一日に接触可能なモノの数に限度がある、物理的な距離が近いモノほどリンク（接触）しやすい、など）があるため、これを考慮しないモデルはシミュレーション段階で不都合を生じさせるおそれがある。なお、物理的な要因を考慮したネットワーク分析を「UCINET」では実行できないので、この点については分析プログラムを作成することによって対応する。
「複雑ネットワーク理論」に基づいた「接触行動ネットワーク」の生成モデルを構築：ネットワークの「成長」とリンクの「優先的選択」とを考慮した「BAモデル」を下敷きにして、「接触行動ネットワーク」の生成モデルを作成する。また、物理的制約やノードの「老化（衰退）」などを考慮するために、「閾値モデル」や「頂点非活性化モデル」などを導入することで再現性の向上を図る。
��研究計画を遂行するための研究体制
分析・プログラム作業ともに、申請者自身が行うものとする。
【平成22年度】
モデルに基づいた接触行動シミュレーションと、これを用いた空間評価手法の検討
概要：前年度の研究成果である「接触行動ネットワーク」の生成モデルを用い、当該年度においては実際にネットワークの生成シミュレーションを行う。
また、ここで生成されたネットワークについて平成21年度に行った分析手法と同じ手法を用いることで、ヒトの行動評価とそれによる空間評価とを行うことができ、結果的に、建築の計画段階におけるプランニングの評価手法として利用することが可能になる。
�）楔Φ罎鮨觜圓垢訃紊任龍饌療�な工夫
「Artisoc」の利用による「接触行動ネットワーク」の生成シミュレーション：シミュレーションは、マルチエージェントシミュレータとして利用しやすく、また、定評のある「Artisoc」を用いることを検討している。「Artisoc」は比較的簡易な言語仕様を持つため、プログラムの煩雑さによる作業の遅滞や停滞を回避することができると考えている。また、データビューワが無料で配布されているため、シミュレーション結果をWWWなどで公開する際に都合がよい。
【計画どおりに進まない時の対応】
現在、「複雑ネットワーク理論」は国内外問わず様々な分野において研究が進められており、新たなモデルなどの提案も行われている。これらの動向に常に目を向け、応用可能な知見や手法を参照することが考えられる。また、国内で開催される学会などに参加し、他分野の同領域研究者から意見や提案をもらうことも検討している。
